2010年 エヴェレストガイド登山の記録 角谷ガイド事務所

 2008年に続き、2010年もエヴェレストのガイド登山を行いました。5月22日に、無事登頂しました。今回も短期、速攻プランで、日本出発から帰国まで、のべ47日間での登山となりました。20年前の8000m峰ネパール登山では、3ヶ月は当たりまえでしたが、酸素の有効利用や、合理的な高所順応、体調管理、過去のノウハウ蓄積などにより短縮できました。これは、お客様にとっても、休暇の問題や、長期登山の不慣れからくる、体調の崩れや精神的なプレッシャーをある程度軽減でき、持っている体力を有効つかうことができると言う事です。
 現在でも、外国隊などは、だいたい2ヶ月ほどベースキャンプ期間を取っていますので、BC滞在27日間の我々が、最短登山者だったと思います。それでも、お客様にとっては、天気を待つ時間が長く感じられたと思います。
 今年の春季エヴェレスト登頂者は、たぶん、500人弱(シェルパ含む)。やはり、年々増加傾向で、延べ登頂者も5000人台に乗りました。もはやエヴェレストは、普通の山。と言いたい所ですが、それでも、苦労します。日本人登頂者はたぶん、まだ150人ぐらいだと思います。年々、ネパールのガイド、通称シェルパさんの、ガイドとしての資質、能力が上がってきています。5回、10回と、登る人も数多く、みんな助けあって、いい仕事をしてくれます。今回も大変お世話になりました。

日程
4月18日 日本出発
 3日間カトマンズで準備
4月22日 カトマンズ出発 キャラバン開始
4月29日 エヴェレストBC到着
5月2日  安全登山祈願 BC開き
5月3日  登山活動開始
5月22日 登頂
5月23日 BCへ下降
5月26日 バックキャラバン開始
5月29日 カトマンズ帰着
6月3日  日本へ帰国


1月9日 八ヶ岳 赤岳周辺
 春のエヴェレストご希望のお客さまと、初トレーニングを行いました。お天気が悪く吹雪の赤岳南峰リッジとなってしまいました。


4月 国立登山研修所 低酸素室トレーニング 昼はバックカントリースキー、夜は酸素濃度5000mで2泊、果たして効果は?もちろんあります。信じる者は救われるハズです。


5000mの設定で2泊させていただきました。残念ながら圧は変わらないので、酸素濃度のみ5000mです


フィックスロープ通過のユマール訓練

4月5日 御在所トレーニング フィックスロープの登下降のトレーニングで御在所へ、大規模な土石流のあと、初めて行きました。大変な状態です。岩場は被害を免れていました。



4月18日
 いよいよ出国 関西空港から出発しました。2日連続徹夜して仕事やっと終わりました。まだ2日寝なくてもやれると、自分を褒めたい、(仕事が遅いだけなのですが)仕事積み残しありの見切り発車ですが、,,,郵送もwebも更新して、周りのものを1時間でパッキングして、関空まで体重計もって行って最後に荷物を分け、計量。2人でたぶん41.6kgぐらいでなんとか荷物送り込む。名古屋から穂高の鈴木さんが車飛ばして見送りに来てくれた。ありがとうございます。飛行機は満席ですが、もちろん爆睡。
今回はTG(タイ航空)が取れなかったので、CX(キャセイパシフィック)とKA(ドラゴン)となった。昨年秋の中国便でひどい目にあったので、これにしたが、台北、ダッカ経由ですごく時間がかかった。カトマンズのホテル着は現地時間23:30、朝11:30飛行機だったので、12時間もかかったことになる。現地エージェントのディビさんが空港に迎えに来てくれる。雨降りのカトマンズだ。ホテルはギャンジョン、中級50ドルの宿、カトマンズの水道は錆で赤いお湯につかって疲れをいやす。気持ちよく寝ました。
食事 関空モーニング、機内4回、香港で水餃子入ラーメン(55香港ドル)
支出 ビザ100ドル(90日)



4月19日
 カトマンズ1日目。爽やかですが、昼には25度ぐらいでだいぶ暑いです。朝から荷物パッキング。スタッフは、サーダー デンリ シェルパ ツル コック アンタレ キッチン チェパ の4人です。2人は今まで何度か仕事しているので安心。デポの荷物から、酸素ボンベ24本、レギュレータ5個、マスク5個、スパイダー1個、テント9個、トイレ一個、チェックしてパッキング、午後は、圧力鍋、ボウル、食器、コップ、包丁、まな板、やかん、お玉、フライ返し、はし、灯油のバーナー、マットレス、日本食、鰹節、だし、わかめ、味噌、など買い込む。
 購入品全部パッキングして、400kgの荷物作り、明日朝7時のフライトでルクラに先発出来そうです。すごく働きました。夕食は、同じ仲間のガイドの島田さんと、剣沢小屋で夏働いているアンヌルさんとお客さんと4人で中華夕食パーティ。楽しかったです。


キッチン具の買出し、ちっちゃなものから、大きなたらいまで何でもあります。アッサントーレのお店


昼食は、知り合いのディビさんの店でツクパ(うどん風)モモ(ネパール餃子)


タクシーのダッシュボードには必ず神様がいます。昔よりだいぶ小さくなりました。時代の流れでしょうか?


4月20日
 快晴の朝、無事、荷物はスタッフのアンタレと一緒にルクラに飛んでくれました。カトマンズ準備2日目、ボダナートにプジャに行く。ボダナートはチベット仏教の大きな有名な寺で、プジャは、安全登山の祈祷みたいなものです。ガイド2人のバイクの後ろに乗せてもらって20分、クラクション鳴りっぱなしの、無法地帯のような、車、バイク、トラック、バスの間をすり抜け、お寺へ到着。登山より危なかったかもしれません。タルチョー、線香を買って、祈祷してもらい、首にお守りの赤い紐を結んでもらう。1人500Rsなり。今日は略式で、また登山途中で行う予定です。
午後はデポしてある荷物の総整理。長年の課題を解決!すっきりしました。

今回もっていくもの 600kgぐらい

テント ノースフェース 6張(3から4人)
テント ヨーレイカ 2張(5人 BCスタッフ もしくはC2)
アライ コア 1張り(計量 3人 アタック用)
テント ダイニング モンベルムーンライト 8人用
テント キッチン レンタル
テント トイレ 購入済み品

酸素 ロシア、ポイクス新品 10本
酸素 ロシア、ポイクス再充填 14本
マスク、レギュレータ 各6個
睡眠用スパイダー 2個

灯油ストーブ 箱型 大 2個(新品)
灯油ストーブ ノーマル 大 1個(1回使用)

シャベル 1本
ガスボンベ 36個
ヘッド 6個
スノーバー 4本
アイススクリュー 2本

キッチンセット1式 大きなたらい、から箸、圧力鍋まで
コッヘルセット 大 2個
テントウレタンマット 12m

今回 置いていくもの 整理済み
テント ノースフェース 5張(3から4人)
アライ コア 2張り(計量 4人)
テント ダイニング モンベル15人用
テント ICIゴア 2から3人 軽量  1張り
テント ICIゴア スタードーム 7人 重い 2張
テント モンベル ゴア 4人用

酸素 ロシア、ポイクス新品 1本 140気圧 1本
酸素 ロシア、ポイクス再充填 2本
空ボンベ 2本
マスク、レギュレータ 各19個
睡眠用スパイダー 2個

シャベル 4本
ガスボンベ 197個
ヘッド 12個
ガスランタン 5個
スノーバー 55本
アイススクリュー 10本 古いロシア製


お昼に縁起を担いでエヴェレストビール!無事故で登れますように!


ボダナート、大きな目玉が心の中までお見通しです



4月21日
今日も晴れ。昨夜は知り合いのガイドディビさんにご招待になり、タカリー族の料理店でご馳走になる。美味しかったです。酔っ払って早く寝たら、朝5時に目が覚める。もう明るい。昼は車の大渋滞の道路も朝は静か。ゆっくり朝風呂の贅沢を楽しむ。明日からは40日ほど風呂なし生活です。最終準備完了、野菜かって、日本米買ってパッキングして終了。はがき、メールの整理をして午後はゆっくり過ごす。いよいよ出発です。気をつけて行ってきます。

ホテル ギャンジョンからの朝、6時ごろです。カトマンズはちょっと空気汚いです。


ネパールの英字新聞、マオイスト(共産党政党)がどうのこうのと書いてます。


4月22日 カトマンズ、ルクラ(2840m)からパグディン(2610m)
 朝5時、ホテル出発、6時20分ごろには、離陸。スムーズだ。荷物のチャージを減らそうと機内にちょっと大きなのを持ってはいろうとすると、注意され結局40kgも余計にはらうことになる。飛行機は18人乗りの小型プロペラ機、白く霞んでいたが、山はよく見えた。朝7時すぎにはルクラ到着。早い!
ロッジでラーメン朝食の後、BC直行の荷物とキャラバン同行の荷物に分け、念のためにビニールで防水する。我々が作業していく間に、荷物がどんどん運び出され消えていく。スタッフのみなさん、スムーズな作業ありがとう。
昼ごはん、ダルバートを(ネパール定食)食べて、約2時間半、今日の目的地、バグディン到着。まだ暑かったです。

カトマンズ空港出発、まだ朝の6時過ぎです。


ルクラで荷物調整終えて、いよいよ歩き出しました。今回のスタッフと!

今日の会計
ルクラ食料買出し 150000Rs
ゾッキョ(牛)片道7日分×20頭(50kg/頭)145000Rs
ルクラロッジ支払い12000Rs(先発ガイド分とビール、コーラ各1ケース)
夕食用豚肉4kg?


4月23日 パグディン(2610m)からナムチェバザール(3440m)
 6:30モーニングティで起床、今日も快晴。朝から食パン、プレーンオムレツ、ラーメンスープをお腹いっぱい食べて、出発。ガイドたちといろいろ話をしながら歩く。物価の上昇、ストライキの多いこと、会社員や公務員の給料、ガソリン不足、停電、インドや中国のこと、子供の教育、カトマンズの生活、ジョサレで昼食、コックのアンタレは、2年前いっしょんに酸素ボンベ3本担いで頂上まで行ってくれたガイドだ。今回はコックとして参加。そのアンタレが、パスタの焼きそば?というのでなんだろうと思っていたら、パスタの麺を使った焼きそば?だった。午後は800mの急な登り、いつもどうり、埃だらけになる。今日は特に風が強かった。
午後3時、ナムチェバザール到着。宿泊は、いつものソナロッジ、増築していました。夕食、天ぷら、流石にエビはないですが、美味しかったですよ。


今日の発見、ロバが荷物を運んでいました。今まで、ロバはもっと西のアンナプルナの方面でよく見かけていました。昨年秋の遠征でもたくさん使いました。このエヴェレスト方面では、牛と、ヤク(チベットにいる大きな毛の長い牛)の掛け合わせでゾッキョをたくさん見かけました。今までロバは全く見なかったのですが、アンナプルナ方面では、新しい道路がどんどん奥地まででき、ロバの仕事が減ったので、こちらに来たようです。


今日の買い物 バフ(水牛)の肉20kg、豚肉10kg、鶏肉7.5kg、明日、あさってと2日間かけてエヴェレストBCまで運びます。運んで、氷河の冷蔵庫に入れます。15000Rsなり。


4月24日 ナムチェバザール(3440m)滞在 エヴェレストビューホテル(3880m)まで散歩
 今日も快晴、晴れマーク。朝からお好み焼きを食べて、エヴェレストを見に行く。散歩と行っても標高差400mちょっとした登山だ。埃がすごく、マスクが手放せない。エヴェレスト良く見えました。風が強そうで雲が流れていました。帰りにナムチェの博物館によってくる。土曜日ですが開いていました。(ネパールは土曜日が休日、日曜日は普通に働く日)午後になるとナムチェでも風が強くなってきました。シャワーを浴びるつもりが、昼寝してしまい起きたら夕方。のんびりした休日でした。

今日の食事
朝 お好み焼き
昼 親子丼
夜 コロッケ

今日の買い物
野菜 人参、キャベツ、菜っ葉 3000Rs
シェルパ2名BC先発 4000Rs

標高3880mのホテルエヴェレストビューから見えた、今日のエヴェレスト、風が強そうです。


シャクナゲは、ネパールの国花、ラリグラスといいます。赤、白、黄色、ピンクといろんな色があります。


4月25日 ナムチェバザール(3440m)から ディボチェ(3820m)
 今日も快晴だ。昨日も午後は風がすごく強くなるが、夜には止んだ。朝6:30モーニングティ、7時朝食、7:40出発。今日もエヴェレストは風が強そうだった。コックがロッジの冷蔵庫に鶏肉忘れてくる。アンタレさん、頼みますよ!10時ごろには、お昼のプンギタンカ到着。2時間ほどゆっくりして食事を作ってもらう。ご飯、味噌汁、魚缶詰、焼肉、ビーフン、りんごのデザートまで出る。午後は苦しい上り坂を淡々と行く。暑いのだが、風が強く、ホコリが舞い上がる。全身ホコリまみれでどうしようもない。タンボチェゴンパ(お寺)は閉まっていたので、外から安全登山をお願いして、強風吹き荒れるタンボチェを出発。すてきなシャクナゲの花の森をとおってディボチェ到着。午後2時だ。ここもどうしよもない強風でロッジの中に避難する。明日はいよいよ4000mだ。


シャクナゲの森の中を行く、ほんとに花だらけで気持ちいいです。


タンボチェ寺院の前で、記念撮影。ホコリよけのマスクが欠かせません。


4月27日 ディンボチェ(4343m)滞在
 昨夜は熱がでて倒れていました。今日は復活、気分爽快の休養日です。昨日26日、ディボチェからディンボチェに移動。AM7:40ディボチェ発、朝は毎日天気が良く、無風快晴、しばらくシャクナゲの森を抜けパンボチェの村へ、旧村のゴンパに行ってラマ(チベット仏教のお坊さん)に本式の安全登山のお祈りをしてもらう。手製の鷹の羽が入ったお守りと身を守るカードも書いて頂きました。これで一安心。昼はソマレ(4010m)で昼食、冷やしうどんが美味しかったです。
PM2:00にはディンボチェ到着。久しぶりに砂だらけの髪を洗ってすっきりする。その後、気分悪くなり熱が出る。spo2(血液中の酸素飽和度、平地では95%程度)は、80以上あるので高山病ではない。薬の飲んで倒れるように眠りました。
 今日は高所順応のため、5000mまでハイキング。午後は休息、天気崩れて、霧であたりは真っ白になり、風が寒々しい。

26日 買い物
ソマレ昼食キッチンレンタル 300Rs
じゃがいも 60Rs
ゴンパお供え 2000Rs

27日 買い物
じゃがいも30kg 1500Rs
ロッジ2泊 とキッチンレンタル 6500Rs

お守り一式、ザックの雨蓋、一番上に置いておくと、雪崩や落石から神様が助けてくれるそうです。


ゾッキョの休憩、あごがカユイんでしょうか?


アマダブラム 7000m弱ですが、かっこいい山です。

4月28日 ディンボチェ(4343m)からロブジェ(4910m)
 朝から無風快晴。体調もバッチリで、問題は何もなし。いよいよ5000mへ向けて出発。ディンボチェの宿のご主人にカタ(お守りのようなもの)をいただく。ツュクラ(4620m)まで気持ちいい高原のような所を進む。タウツェ(6495m)、チョラツェ(6335m)、ロブジェ(6010m)、プモリ(7165m)まで見えてくる。高山に来た実感が湧く。プモリはチベットとの国境稜線にあるので、中国はすぐ近くだ。ツュクラ(4620m)で休憩。前回のエヴェレストの時もお世話になった
前回一緒に仕事をした山本ガイドが15年前ほどマカルー東稜に行ったときのシェルパさんで、その頃は、20歳過ぎでシュンとしてたが、今はメタボ中年?になって人のいいご主人だ。再会を喜ぶ。そこからロブジェまでは2時間、今日もPM1:00前には目的地到着。やはり午後は雲が出て天気が崩れるようだ。


昨夜、ディンボチェで今回のスタッフと記念撮影。


ツゥクラ(4620m)のヤクロッジは大繁盛。6000m級のヒマールに囲まれています。


ロブジェの雲の上ロッジ、名前は素敵ですが、中身は、、、ボロ屋(失礼)でも衛星電話あるんですね。


4月29日 ロブジェ(4910m)からエヴェレストBC(53??m)
 今日も朝は快晴、昨夜の雪も止み一安心。ダウンジャケットを着て歩き始めるが、すぐ暑くなり脱ぐ。氷河のサイドモレーンをゆっくりと登る。昨日も会ったがロールワリンのナワンヨンデンさんと話をする。トレッキングのグループをガイドしているようだ。過去には有名な強いシェルパとして、数々の遠征隊を登頂させてきたが、今はいいオジサンになっていてメタボ体型になっている。強い日差しの中、最後のバッティ(宿泊所)、ゴラクシェプ到着、エヴェレストが少しだけ顔を出す。ゴラクシェプは水が非常に汚いらしいので、今日はパックランチ(茹でじゃがいも、湯で卵、りんご)持参、BCのテントが近くなった所でゆっくりと食べる。午後1時過ぎには待望のBC到着、2年前よりはかなり少ないテントの数だ。書類上は40パーティ弱だったと思う。我々のBCは最上部、アイスフォールの入り口近くの静かな場所だ。これから20数日、テント生活が始まります。午後はまた雪。エヴェレスト電力会社(持ってきたソーラー発電)は雪ではお手上げ。パソコン、モデムとも動かず、早々と眠る。

ロッジ1泊 とキッチンレンタル2,000Rs
ポーターさん6名 日当800Rs×8日プラス帰り1日分=43200Rs
ゴラクシェプ お茶 200Rs


昨日の雪景色の中、ロブジェ(4910m)から見たカンテとガタムセルク、どちらも6000m峰


中国との国境稜線でもある、プモリ、7165mです。非常にきれいな山容ですね。


ヌプツェ上に太陽の光輪が見えました。前回も見えたので、今回も安心出来そうです。



4月30日 BC滞在 洗濯とテント、装備の整理
気温 最低ー2℃ 最高20℃ 午後は雪
 BC1日目、昨夜は念のため、ダイアモックスを飲んで眠る。今朝のSpO2は78、この高度にしてまあまあだろう。気分も悪くない。朝食後、テントの整理と、装備の片付け、洗濯、洗髪と気持ちよく仕事をする。BCは氷河の上にあり、氷の上にテントが立っている。氷がむき出しの所もあれば、大小様々な大きさの砕石に覆われている所もある。先発した2人のガイド、チェパと、ツルがテント6張り、とトイレをすでに作っていてくれた。氷河の氷をツルハシで砕き、大きな石を動かす重労働だ。ご苦労様でした。髪も久しぶりに洗いスッキリする。装備の整理も少しはするが、すぐ息が切れてつかれるのではかどらない。ソーラー発電も快調でバッテリーを充電する。が、午後は急に雪が降り出し、発電中止。雪が降るとテント内5度程度で寒いです。夕方、4年前一緒にマナスル頂上に行ってくれたシェルパのフータシが遊びに来てくれた。ナムチェの少し上、ポルツェに住んでいる。今回はカナダ隊のガイドで顧客なんと17人、シェルパ21人という大所帯だそうだ。明日から天気良ければサウスコルまで荷上して、休養後15日ごろからアタックだそうだ。彼はたくさんヤク(牛)を持っているのだが、今は6頭だけで、残りはチベットに売ったと言っていました。1頭30万Rs、33万円もするそうです。今日はこれまで

BCは、エヴェレストアイスフォールの真正面です。名前のとおり氷の滝です。


5月1日 BC(5400m)滞在 なんにもせず 終日ごろごろ 終日晴れ
 5月になりました。が特別なにも変化なし。3食昼寝、おやつ付きの恵まれた生活です。何でもコックさんが作ってくれます。夕食はモモ(チベット餃子)をリクエスト。今日の仕事は水分を大量摂取することだけ。高所では、その高度に体が順応するために、水分がたくさん必要です。なにせすごく乾燥しています。運動しなくても体から蒸発していきます。たくさん飲んで、たくさんトイレに出す。のが、仕事です。目標1日3リットル。かなりしんどいです。胃がちゃぽちゃぽしています。今日は終日晴れで、昨日の洗濯もすっかり乾きました。読書も進みます。アイゼンを高所靴に合わせました。アイスフォールの状態は悪くないとの情報を得ました。今朝、最上部で少し大規模に崩れ、SPCCのシェルパさんが作り直した模様です。

温度計と湿度計、テントの上部に置いていると、温度47度、湿度0%以下です。実祭は、気温25℃程度でしょう。乾燥はすごいです。


5月2日 BC滞在 プジャ(安全登山祈願) 終日曇 時々雪
 昨夜半から、雪が降り出した。夜中にシェルパのツルさんがテントの除雪をしてくれる。細かい所まで気がきき、腰が低い人格者だ。20cmは積もっただろうか。今日はプジャ(安全登山祈願)だ。パンボチェゴンパのラマ(チベット仏教のお坊さん)が今日がプジャの日と決めてくれたので、雪降りでもどうしても行わないといけない。コックのアンタレさんは揚げパン作ったり、お供えの品を飾った、マサラチャイを作ったで朝から大忙し。9時すぎまで降雪があったので、ダイニングテントでやるつもりだったが、薄日がさしてきたので、外で行うことに。今日のラマは、サーダーのダデンリと同じ村のダワギャルツェンラマ普通のオジサンだが、チベット文字のお経を次々と唱えてくれる。お菓子、お酒、ビール、バターをお供えして、ピッケル、アイゼン、ハーネスにもお祈りしていただく。近くのキャンプのシェルパさん達も10数人きてもらい賑やかなになる。
お祈りだからとビールを勧められて、半分飲んだら酔っぱらい、午後はダウン、高所は良く酔いが回ります。

プジャ(安全登山祈願)の始まり、今からタルチョー(経文を印刷したカラフルな旗)を立てます。


5月3日 BC(5400m)からアイスフォール途中、5800mまで高度順化
 5時起床、6時出発。シェルパさん達は3時起床、4時前にはBC発、ご苦労様です。昨日の降雪のためかルート上に人影は少ない。久しぶりに体を動かすのは気持ちいい。ただ呼吸はまだ苦しく、ゆっくりのペースとなる。ルートは2年前よりかなり安全な感じで一安心。結局5800mまでで登り4時間半、初日としては十分満足のレベルなので引き返す。お昼過ぎにはBC帰着。昼食はなんとサンドイッチ。カトマンズから持ってきた食パンでも美味しかったですよ。
お客様安形さんの感想です
 初めて登山開始。早朝は冷え込むが、日中は暑い。アイスフォールは初めての体験で緊張した。特にハシゴの移動はなかなか体重移動ができず、また上手くアイゼンの歯が掛けれず苦労した。


クレバスにかけられたラダーを渡る。最初はクレバスの底が目に入って怖いかも?


5月4日 BC滞在 ラッセルブライス隊訪問 200ドル払う
 昨夜のミーティングで4日の天気はいまいちなので、今日は休み、明日1泊でC1宿泊予定とした。なかなかからっと晴れないが、昼間はTシャツ1枚で過ごせる、夕方には急速に気温が下がり、マイナスになる。今日は昨日、日本のガイド倉岡さんとそのお客様とすれちがったので、有名なラッセルブライス隊に訪問に行く。BC入り口にあるので、30分近くかかる。さすがラッセル!液晶40インチテレビからDVDプレーヤーから、ガスストーブ暖房からエスプレッソコーヒーメーカーから、20坪ほど、高さ10mの巨大ドームテント、いや鉄骨の建築物までなんでもありました。フィックス使用料、2名で200ドル支払い、これで堂々とフィックスロープが使える。昨年、ツエルマットのホテルでも会ったが、ニュージーランド人のラッセルさんの英語は、わかりにくーいい、、、まあ、私の頭がついていかないからなのでしょう。とにかく一件落着。午後は明日の荷上準備、酸素、レギュレータ、マスク、食料、ガスボンベ、水タンク、無線機の周波数合わせ、これが一番時間がかかりました。、、、、あっという間に1日終了。昼は天ぷら入りそば、夜はバフ(水牛)ステーキ、と豪華な食事、明日は貧相な高所食です。

巨大ドームテントの中、テントというよりは、建築物?です。


5月9日 今日もBC滞在です
 しばらく更新サボってしまいました。5月6日に、C2まで行ってきました。晴れると氷河の上は砂漠状態になり暑くて暑くて、久しぶりに体を動かしたので、大変疲れました。

5月5日 BCからC1(6100m)に移動 C1でテント泊 午前中、曇ときどき晴れ、午後、本格的な降雪10cm
 シェルパは、BCからC2往復、荷上20kg

  5月6日 C1からC2(6400m) その後BCへ下降 午前中曇時々晴れ、午後曇のち降雪少し
  C1に泊まりました。ひどい高度障害もなく、まあまあ快適な一夜を過ごす。C2まではゆるい平な氷河の登り、
 太陽の照り返しで非常に暑い。2年前と同じあたりにC2建設。ローツエが近いです。
 シェルパは、BCからC2往復、荷上20kg

  5月7日 全員(シェルパも)BC休養 曇時々晴れ 夜 軽い降雪
 疲れて、すぐ眠りました。朝から快調、洗髪、洗濯、気持ちよく過ごす。

  5月8日 全員(シェルパも)BC休養 曇時々晴れ 夜 軽い降雪
 朝 フレンチトースト
 昼 蕎麦
 夜 ピザ、ご飯、長芋おろし、ゴーヤ野菜炒め、味噌汁、缶詰マンゴー
ごちそうです!


5月9日 BC休養 終日快晴!初めてである 昼は暑い
シェルパはツルとデンリ、2名で荷上、今日はC2まで、朝4時半に出かけてくれました。
朝 ネパールワイワイラーメン、ローティ(小麦粉のパン)
昼 あさりコンソメパスタ、チーズマカロニ、ガーリックりんご
食い倒れのように、食事を出してくれます。

今のところの予定
5月10日 サウスコルまでの荷上が無事終われば
しばらく休養(休んでばかりです、、、が休むのは大事なことです。とにかく食べて元気を付けるのが仕事)
5月13日 BCからC2
5月14日 C3
5月15日 C4(サウスコル)
5月16日 頂上アタック、後C4へ
5月17日 C2もしくはBCへ下降
後始末
5月20日 バックキャラバン
5月24日 カトマンズ

と、計画しています。16日、17日といい天気予報です。

勝手にスタッフ紹介
サーダー(チームリーダー)
ダ・デンリ・シェルパ 1981年5月28日生まれ 出身 ソロクンブー サパルマ

詳細調査中、愛称、ボビー(あの国人タレントの)とにかくよくしゃべる、日本語もうまい、2年名古屋の鋳物屋さん、その後1年ほどせんべい屋さんで働いた経験あり。日本のスタミナ太郎(1時間食べ放題のお店)が超お気に入り。若いので馬力も強い。山頂まで酸素ボンベ5本担げる馬力あり。名古屋の派遣の社長に呼ばれて来日したよう。とにかく日本大好き。
兄、プラチュリ、人気ガイドである。金歯が笑うと光る。エヴェレストもチョモランマも登っている。2003年チベットからチョモランマ登ったが、帰ってきて、大きなバイクを買って、飲酒運転してタクシーと激突して稼ぎがフイになる。(笑い、全然めげていない)足を骨折して鉄の棒を足に入れて、松葉ツエのまま来日。その手術が化膿してまた日本で28日入院、半額の40万円社長に借金して働く。ネパール人3人でアパート暮らし。日本はとにかく忙しく、車の中で朝ごはんを寝ながら食べて働いたという。日曜日は3人でテレビ見て、賭けトランプ。スーパーで自炊の買い物して、字が読めないので写真を見て買って作ってよく失敗したらしい。(笑い)
かなり働かされたらしく、時には、土日も瓦屋サンではたらいたよう。1日、朝8時から夕方6時まで、同じ場所に立って同じ作業をして、気が狂いそうになったと、本人の弁。一番よかったのは、せんべい屋サン。お腹が空いたら食べていたらしい。
名言 ネパールの床屋さんは、全員、インド人です。ほんとでしょうか?

ツル・バハドール・タマン 1966年8月30日生まれ
出身 ソロクンブー デウサ

 
ちょっと白塗りすぎ、猿に近いものを感じるのは、私だけでしょうか?


子供4人 一番上は17歳女の子 歯医者さんになるべく勉強中、一番下は4歳! 弟、パサン、ラムカジ、2名とも山のガイド、その他にも兄弟いるかも?。
14歳でお父さんと2人カトマンズに出稼ぎに来る。だからあまり学校に行けなかった。カトマンズに出てきて、日当父5Rs、ツル4Rsで建設現場でレンガ運びやセメント運びで働き始める。その後10年ほどいろいろ仕事をする。絨毯屋さんでも働いたようだ。その後、パルテンバ、パサンカミ、など当時の強力シェルパの作った、ネパールヒマールというシェルパの会社で働きながら登山技術を学ぶ。その後、コスモトレックへ、今は家族全員カトマンズで暮らす。
 私とは、2006年のマナスルに一緒に頂上に立ちました。帰り、C3からC2の下降中、お客様の下降の手伝い中、300〜500m滑落して、たぶん、肋骨骨折、でもすぐその後、別の仕事に行ったから大した男です。寡黙でこちらから話しかけないと、あまり話さないが、日本語は良く理解できる。話さなくても、こちらに意図を理解してくれるむかしの苦労人シェルパさんである。弟、パサンとは、アイランドピークやエヴェレストなど、たくさん一緒に出かけている。
奥さんとはタマン語でしゃべるが、子供はネパール語しか知らないらしい。
名言 下痢したときは、ピーナッツバターを食べると治る。絶対ウソです。


5月10日 晴れ、風が少しありました。空気が冷たくなり、上部は暴風
 体がなまるので、朝食後、BC散歩、はしからはしまで40分ほどかかります。昼は氷河がとけて、大きな川が出現します。

大事な事を忘れていました。ゴラクシェプに携帯電話の基地局ができました。BCでも携帯電話通じます。NTCのみ。私の携帯はNcellなので残念ながら通じません。C1、C2は無理のようです。サウスコルまで行けば、中国の基地局とつながるようです。

 サウスコルまで荷上完了、やはり風がすごかったようで、シェルパさん2人とも疲れきってBC帰着。乾燥した空気で咳がひどくやられたようです。ともかく準備完了。ご苦労様!

朝 ネパールラーメンスープ、おかゆ
昼 ご飯、フレンチフライ、ソーセージ入り野菜炒め、みかん
夜 ご飯、コロッケ、キャベツ千切り、ガーリックスープ、缶詰マンゴー

BC電力不足で更新できませんでした。晴れてもバッテリーが充電満タンになりません。困ったもんです。


5月11日 ゴラクシェプからカラパタールへ、三浦豪太さんと会う。
 あまりに体を動かさないのも、イケナイので、BC入りのとき行かなかったカラパタール5500mに日帰りハイキングに行ってきました。アンタレにおにぎり弁当作ってもらって、AM9時出発、お昼、カラパタール、午後4時BC着。久しぶりの運動で腰が痛いです。カラパタールでエヴェレストで2年前、一緒だった三浦豪太さんと東京の旅行社会長に偶然会いました。トレッキングと、お掃除にこられたようです。帰りはロブジェからヘリコプター!羨ましい。
 カラパタールも頂上付近は暴風で、寒かったです。エヴェレストの写真きれいに撮れました。BCからはプモリしか見えません。

カラパタールからのエヴェレスト山頂部拡大写真、右肩が南峰です。


エヴェレストとヌプツェ、よくポスターなどになっているアングルです。



5月12日 天気予報を見て、迷いに迷って、アタック延期
 16日のアタックに向けて最終会議、しかし、天気予報がいまいち、頑張れば登れるかも、、しかし、風が少々あるようで、頂上で15m/sの風の予報。行きたいのは行きたい!のですが、風があると行動が遅くなり、凍傷の危険も大きくなるので、今回は延期としました。食料はまだたくさんあるので(米120kgも買って来てます)、心配なし。他パーティも延期したところがあるようです。長期予報では次回のチャンスは21日ごろ、それまでは、ジェット気流がエヴェレスト頂上に居座るようです。


5月13日 午前中晴れ、午後は曇
 テント整地しなおし。なにせ氷河の上のテントなので、だんだん氷が溶けてきます。デコボコ修正。お天気まあまあなのに発電不足、パソコン10分ほどしか動きません。ソーラーパネルを大きなキッチンテントに移動しました。

勝手にスタッフ紹介 パート2
キッチンボーイ
チェパ・シェルパ 1986年5月28日生まれ 

出身 ソロクンブー サパルマの川向、ターラカルカ
 子供2人 6歳と4ヶ月 2003年、シェルパのフラチリさんの紹介で、カトマンズに出てくる。最初はキッチンの荷物運びから、現在は、コックさんもシェルパさんもできる、マルチな才能あり。当然エヴェレストにも登っている。今回は勿体なくもキッチンボーイで来てくれる。ちなみにカトマンズのアパート家賃は8500Rs、日本円で1万円ぐらいか?結構高いです。スクーター所有。ネパールでは、お金持ち以外、所得税というのはないそうです。不動産、バイク、自動車、お商売のお店、会社などに税金かかるようです。



5月14日 午前中晴れ、午後は雪、寒いです。
 今日もBC滞在、読む本も無くなりました。3食昼寝付きの生活で言う事ないはずなんですが、、、、待つのも辛いです。
今のところの予定
5月18日 BCからC2
5月19日 C3
5月20日 C4(サウスコル)
5月21日 頂上アタック、後C4へ
5月22日 C2もしくはBCへ下降
後始末
5月24日 バックキャラバン

と予定してます。21には、今エヴェレスト頂上にかかっている、ジェット気流が少しずれてくれるようで、期待しています。
なんせしばらく待つのが仕事です。とはいえ、やることもなく、パソコンも動かず、テントの中で雪の降る音を聞いていると気分よろしくありません。せめて風が止んで、晴れてくれー!


5月15日 今日もBC滞在 やることなし ただ待つのみ

勝手にスタッフ紹介 パート3 コック
アンタレ(ハリーバハドールチャトラガイ チェトリー)

アンタレとは5番目という意味です。5番目の兄弟らしいです。本名はめったに使わないようです。初めて聞きました。 1971年12月25日生まれ クリスマス生まれのめでたい人です
出身 マカルー シュドァ
 故郷に畑持っているそうですが、弟に貸しているそう。お米はできず、とうもろこし、粟、じゃがいもしかできない土地で、お米はお祭りの時しか食べなかったそうです。
 子供3人 一番上は17歳女の子 15歳男、14歳男、1991年、21歳で奥さんと二人、4日間村から歩いて、バスに1日乗ってカトマンズに仕事を求めて出てくる。その時の所持金1500Rs、その時の家賃は400Rsだったそうです。最初フランス人のトレッキング会社で5年ほど働き、その後、今の会社へ移る。フランス語は全部忘れたそうです。
コスモではポーターから始めて、キッチンボーイ、コック、たまにはガイドと何でもこなすマルチな才能あり。日本語は理解はできるが、しゃべるのはいまいち。しかし、オヤジギャグはいつも考えている。しょうがをすりおろしながら、しょうがないといったり、ナンの話をしていたら、なんでもいい?日本の赤岳鉱泉で働いている時に、赤岳、横岳、僕ひとりだけ、と傑作を残しています。コックとしては、海苔巻きと白いご飯とか、ミスマッチなメニューを作る時もありますが、ない材料でいろいろ作ってくれます。
 2008年エヴェレストでは、ガイドとして一緒に山頂に立ちました。
カトマンズに土地は買ったが、家の建築費が高く建てられないよう。1階建の小さな家で600万円ほど必要らしいです。



5月16日 今日もBC滞在 やることなし ただ待つのみ
食料’、そろそろ失くなってきました。肉が全種類ほぼ終了、野菜も玉ねぎ、じゃがいも以外は終わりそうです。スタッフは、今日も骨のスープとご飯です。家長?としては辛いものがあります。
4月19日、カトマンズで一緒に御飯を食べた、友人のアンヌルが遊びに来てくれました。外国のエヴェレスト登山隊のサポートチームのお客さんをBCまでガイドしたようです。


5月17日 BC滞在
晴れのち曇り 今日は良く発電してくれて、バッテリー充電できました。昨日サウスコルで天気待ちした約30名、3名程度途中で諦めたようですが、残りは登頂した模様です。結構風が強いハズなのに頑張ったようです。ちなみに今日の予報は、山頂気温最低−26度、最高−24度、風午前14m/s、午後20m/s、です。
登山許可をシェアした、windhouse社も隊員今日登ったようなので、リエゾンオフィサー(観光省役人、登山隊のお目付け役)が、残った我々の隊に来るかもしれません。名前はギャネンドラさん、前回の2008年エヴェレストのときのリエゾンです。骨も失くなってしまったので、何のスープ飲ませようか悩んでいます。ちなみに米は大量にあります。
今、月は三日月で、午後7時ごろ西の空に出ますが、残念ながらすぐ沈んでしまいます。アタックのとき月夜ならいいと思ったのですが、無理のようです。
予定変更
5月19日 BCからC2
5月20日 C3
5月21日 C4(サウスコル)
5月22日 頂上アタック、後C4へ
5月23日 C2もしくはBCへ下降
24日 後始末
5月26日 バックキャラバン
29日 カトマンズ
なんだか、予定ばかり作って夢見ているようですね。


5月18日 BC滞在 アタックの準備
 晴れのち曇り、今日は明日からのアタックの準備。無線機のバッテリー、カメラのバッテリー、衛星電話のバッテリー、全部充電しました。満タンです。アタック食、行動食の用意をして、パッキングして準備終了。今日は昼間はすごく天気がよく、最高に暑い日中でした。やっと出発できます。20日午後から降雪の予報があるのが気になりますが、22日は終日天気よく、風が弱そうなので、予定どうり明日、出発します。焦らず、急がず、登ってきます。明日はAM3:30起床です。しばらく更新できません。24日ごろ、結果をお知らせします。お楽しみに。

天気待ちの間に読んだ本
居眠り磐音 江戸双紙11 無月の橋
居眠り磐音 江戸双紙12 探梅の家
居眠り磐音 江戸双紙13 残家の庭
居眠り磐音 江戸双紙14 夏燕の道
アンネの日記 完全版
警視の孤独 デボラクロンビー
真夏の島に咲く花は 垣根涼介
パンドラの箱 太宰治
潮騒 三島由紀夫
落日燃ゆ 城山三郎
あすなろ物語 井上靖
三島由紀夫は天才です。太宰の良さはあまり理解できません。


5月19日 BCからC1を飛ばしてC2入り 晴れのち曇り、風強い
 AM4:50、BCを出発、いよいよかと緊張する。予想どうりたくさんのライトの光がアイスフォールを登っていくのが見える。我々も3回目の道なので快調にアイスフォール最上部の3段ラダー(8m程度のアルミはしごをロープで繋ぎあわせて、垂直の氷の壁にくくりつけたもの)上部まで休まずに行く。いいペースである。すぐC1到着。少し休んで、C2へ、前回は晴れて風がなく、灼熱地獄だったが、今回は風があり歩きやすい。呼吸も全く苦しくない。休むと寒くなるぐらいだ。PM1:00 C2着。C2で午後はテントの中でぼーっと過ごす。昼ごはんは大量チキンラーメンをシェルパが作ってくれる。パルスオキシメーター60台から70台、気分いいような悪いような、良くわからない不思議な気分。明日のことばかり考えてしまう。
高所食 カップラーメンリフィル
風が強く、テントが飛ばされそう、寝付けない。睡眠酸素使用

C1下のアイスフォール最上部、亀裂が大きく、深くなります。


C1からC2へのルート、エヴェレストが黒いです。雪が少ないのか、風が強いのか?わかりません。


クレバス通過も慣れました。でもヒョイヒョイ、とは行けません。


5月20日 C2からC3
AM4:30起床。暑くなる前にC3に到着できるように早く出発。が、すでにたくさんの人が、ローツェフェースを登っていくのが見える。
やはり、みんな天気予報を見て、22日、23日にアタック集中するようだ。ローツェフェース取り付きまで1時間、いよいよ、フィックロープにユマールをかけて急斜面を登る。氷の斜面に少し雪がのっていて、いくらかは歩きやすい。しかし、氷がムキ出しの部分もあり、非常に足が疲れる。ロープを何本登ったか数えられなくなるころC3が見えてくる。急斜面にへばりつくようにテントが並んでいる。我々は、今日あは他パーティのテントを借り、代わりにC4のキャンプを貸すという約束で登ってきました。が、先日来の雪でテントが見当たらない、なんと、完璧に雪の下に埋まってしまったようだ。呆然とする。そのうち、風強くなり、雪も降り出す。
シェルパが無線で頼みまくり、なんとか、空いているテントを確保。またC2に戻ってやり直しかと諦めていたので、一安心。午後はずっと雪、テントに降る雪の音を聞きながら夕暮れを待つ。明日は晴れるのか?衛星携帯で日本の天気予報屋さん、猪熊さんに電話。便利になりました。

まるで芥川龍之介の、「蜘蛛の糸」、ロープにぶら下がり、たくさんの人が登って来ます!


5月21日 C3からC4(サウスコル)
昨夜は強風、トイレに出るにも自己確保が必要な場所なので、すべて尿瓶ですます。
朝3:30着省、無列な吹雪、5時すぎに昨日C2に戻ったシェルパ来ない、来れない。風が強くて出発が遅れたようだ。
気が遠くなるほど、遠い。ローツェフェース
呼吸が苦しい。
ただ、黙々と足を上げ、ユマールを引き上げる。
2年ぶりのサウスコル到着。

氷の斜面をロープに頼ってひたすら登る


通称、ピストル岩付近を登る。スラブ状の岩が出てきて、非常に疲れる所です。


5月22日 頂上アタック、後C4まで下降
21日、午後3時ごろサウスコルに到着。少し風はあるが、まあまあの天気である。
予定を考え、混雑を少し避けるため、夜10:00アタックへ出発と決める。
吹雪となる、あたりが見る見る白くなる。
仮眠、と言うよりは、横になるだけ。天気予報は晴れるはず。信頼して待つ。
11:00雪が止む。星も見えてきて、風も弱まる。今だ、GO!。
慌てて、テルモスにすごく甘い紅茶をつめる。沸騰させても70度ぐらいなので、なんどもテルモスを温めてつめる。
食欲がないが、食べないともたないので、ツアンパ食べる。
日付が変わって、0:12出発。バルコニに直登するヘッドランプが点々と続いている。
日の出とともにバルコニ到着、ローツェがピンクに染まり、マカルーが輝く。夜から朝への変化は、どんな山でも感動的だ。
南峰
苦しい、酸素のホースがハズレている!
無酸素で登るほど若くない
ヒラリーステップ
タルチョーはためく山頂が見える


下降
安堵のサウスコル
デンリの足臭い
寒い凍える夜、満足の気持ち
いろいろ書きたいのですが、まあた後日整理します。とにかく登って、極度の緊張から開放される。


5月22日 日付が変わって12:10 最終キャンプ出発しました。




バルコニーまであとひと頑張り。標高は正確でした。


バルコニーからエヴェレスト南峰を望む


8000m峰 ローツェの朝焼け


8000m峰 マカルーの朝焼け とても贅沢な朝を満喫、つらいですが、、、


南峰の標高は8763m 高度計は正確でした。


南峰からヒラリーステップ、そして山頂へ続く稜線を望む。さあ、最後の難所です。


2010年5月22日、エヴェレスト山頂でバンザーイ!


ヒラリーステップの下降


C4のテントが見えてきた、もうひと頑張りで長い1日が終わる!


5月23日 C4から一気にBCへ下降
無酸素下降?
バテバテ
ロープにしがみつく
最後の懸垂、氷河に降り立つ、安心5月24日 大雪の一日
サウスコルから、標高差2500m以上を一気に下降し、疲れきっていました。





5月24日 休養日 BCは大雪のち夜は星空

シェルパの活躍、C1、C2の荷下げ完了

午前中はC2も40cm強の大雪で荷下げのシェルパの手配などでばたばたしました。

事故 クレバス転落、高山病
肉を買う、パーティ、無事に感謝

夜のBC、降雪で真っ白になってしまいました。


望遠レンズで月を撮ってみました。もう少し近づきたいのですが、、、、、


5月25日 最後の休養日 晴れのち午後曇りときどき雪
 朝からレスキューヘリが何度も飛ぶ。
片付け、適当につめるので早い。ダイニングテント撤収。
豪華夕食 草履のようなチキンカツ、サミットケーキ



今回のスタッフと記念撮影、ほんとうに、ご苦労様でした。


5月26日 BC撤収 バックキャラバン1日目 BCからディボチェ(3820m)
 早起き朝5時起床、まだ寒い。急いでテントを撤収、荷物をパッキングする。BCともさらばである。朝食後、急いで出発。ゾッキョに荷物積んだり、SPCCのチェック、トイレの後始末などは、シェルパに任せる。7時前には歩き始める。3割程度のチームは昨日撤収したようだ。ゴラクシェプ、ロブジェ、その頃から雪が降り始める。日がないと寒い。脱いだダウンジャケットをまた着る。ツゥクラ、ペリチェ、パンボチェ、ディボチェと、行きには休養日も含めて4日かけた所を、1日で歩く。20kmは歩いたでしょうか?とにかく疲れました。全身筋肉痛で夕食後、倒れるように眠りました。

ラリグラス、帰りは黄色や薄いクリーム色の花を楽しませてくれました。


5月27日 バックキャラバン2日目 ディボチェ(3820m)からナムチェバザール(3440m)
 昨夜は、10時間以上眠りました。酸素が濃いので、良く眠れます。今日は半日行動なので、気が楽でした。
モンスーンに入ったようで、周りの山は雲の中で、全く山は見えません。ときどき雨も降るので、ホコリが立たなくていいです。ナムチェバザールが近づくと、すごい人混み、と感じてしまう我々は、田舎者になっていました。


日本にある、サクラソウの仲間がきれいに咲いていました



タンボチェ ゴンパにお参り、登らせていただいてありがとうございました。日本よりカラフルな仏様です



5月29日 バックキャラバン3日目 ナムチェバザール(3440m)からルクラ
 ついにキャラバン最終日!長かったです。疲れた体に鞭打って、ルクラへ登り返す。ひさしびりにシャワー浴びて爽快。残念ながら、ご飯はいまいちでした。あとは、明日飛行機が飛ぶことを祈るだけです。下界では、そろそろ雨季になりかけで、ルクラ到着後、激しい雨になりました。


5月30日 ついにあこがれのカトマンズ!に帰ってきました。何を食べても美味しいです。お風呂が最高の贅沢!1ヶ月以上のご無沙汰のお風呂はいくら洗っても、キリがないほど??が出ました。

5月31日 片付け ルクラ、カトマンズ間、混雑のため、まだ荷物の大部分が届きません。困った、困った。

6月1日  片付け やっと荷物がルクラから到着。人が優先で、荷物は後回しになります。きれいにテント、食器、山のような洗濯物、1日で片付けることができました。

6月2日  帰国の日 長かったようで短かったエヴェレスト登山もいよいよ終わりです。また来ます!とスタッフとお別れして機上の人に。さよならネパール、さよならエヴェレスト。